なぜうつ病の人が増えたのか/冨高辰一郎

毎月「うつ病」に関する書籍が10冊以上刊行されています。それだけこの病がいまや日本の国民病とまで言われるほど増えていることだと思います。その全てに目を通すことは不可能なので、タイトルが気になったものだけ読んでいるのですが、それでも月に1冊以上は目を通すことになってしまっています。ほとんどの書籍で書いてある内容はあまり変わらないのですが、それぞれに切り口が異なっていて、おかげで多面的にこの病気をとらえることができています。
さて、本書の場合、これほどまでに「うつ病」が突然増えたのは何故か、というところに焦点を当てて書かれています。うつ病先進国である欧米の資料と日本の資料とを丁寧に見比べ、ある仮説を検証しています。
それは、「SSRI現象」と著者が命名した事実です。
SSRI現象とは、SSRIが発売されると、その国でうつ病患者が3~5倍程度増加する、というものです。
うつ病の特効薬とも言えるSSRIが、うつ病を治しているのではなく、増やしている、というのはどうしたことか。一見するとびっくりするような仮説ですが、本書を読むとその意味がよくわかります。統計的手法で資料を読み解いて、この仮説は立証されます。
この前半部分の仮説検証はそれはそれで科学的な立証で事実を明らかにするということにおいて有用ではあります。うつ病の患者や家族、職場で何をどうすべきか、ということについては、後半部分で記述されています。ただ、前半部分に重きを置いているので、うつ病患者や関係者が知りたい後半部分の記述が少なめで物足りなさを感じます。
後半部分で目を惹いたのは、リワークについてのくだりでした。京セラの産業医の方が書いた論文を掲載しているのですが、そこにはうつ病を知る者からすると驚異的な数字が記載されています。
本社ではこの2年間でメンタル不調により長期休業をした者の全員が平均四ヶ月の休職期間を経て復職し、再休職した者は一人もいない。さらに、ほぼ全ての事例が1年程度の就業制限下でのフォロー期間を経て健康管理を卒業しており、精度の高い健康管理を行えているものと考えている。
これはものすごい実績です。京セラでは産業医の指導のもと、メンタル休職者のリハビリに力を入れており、その結果がこの驚異的な復職に繋がっています。右肩上がりにうつ病患者が増えている今の日本の状況で、メンタル休職を減らすことはかなり難しいと言えます。その場合には、京セラのように、入り口ではなく出口をしっかりと整備することで休職者を減らしていくという取り組みが、経済的にも社会的にも有用であると考えます。
うつ病の社会的損失の減少という観点からは、出口戦略であるこの三次予防への取り組みも有効ですが、一次予防にも力を注いでいくべきです。「ストレスへの気づきを深め、ストレスへの対処を向上させる」というものです。そのためには教育や研修は一つの有効な力になりますが、さらなる対策を著者は企業に求めています。
残業のルールを守る、ということです。残業時間を減らすという取り組みを行わないで、メンタルヘルス教育をしたりしてもあまり効果はないと指摘しています。
人間には個体差がある。毎月100時間以上の残業をしても何の問題もないという人も確かにいる。一方、残業しなくてもうつ病になる人もいる。しかし、長時間残業が続くと心身に不調をきたす人は確実に存在する。法律という基準(月に45時間)がある以上、守らないといけない。
(中略)
残業ルールの浸透は労災防止にも大切である。心の病で労災申請になるケースは、過度な残業やハラスメントが発症のきっかけとなっている事例が多い。(中略)残業は月に45時間居ないという社内ルールをつくり、それを会社全体で守るようにすれば、こういった労災申請のほとんどが避けられることになる。従業員の利益にもつながる。メンタル休職による社員の労働損失、残業費用、訴訟リスク、こういったことを全て計算すると莫大なデメリットになる。残業を減らすことは緊急の課題と言ってもおかしくないと思う。(中略)組織全体の慢性的な長時間労働は減らすべきだ。
ちょっと長い引用になってしまいましたが、とても重要な示唆を含んでいるのであえて記載しました。本人が望むと望まざるとに関わらず、長時間労働は少なからず肉体と精神を疲弊させます。現在の企業のリスク管理という点において、上記に挙げたデメリットを考えると、長時間労働を減らすという意思決定は経営者にとって喫緊の課題だと言えます。企業も所属する個人も、その意義をしっかりと認識し、長時間労働の減少に取り組んでいくことがこれからの社会に必要なことだと思います。
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